「教会だより」の巻頭言 1月号


 神の似姿である人間

カトリック唐津教会

 主任司祭 江夏國彦 

 新年、明けましておめでとうございます。いまだに続いている二つの戦争が、今年こそは終結して平和が訪れるように祈りましょう。

 聖書に「神は言われた。『わたしにかたどり,わたしに似せて,人を造ろう。そして海の魚,空の鳥,家畜,地の獣,地を這うものすべてを支配させよう。』」とあります。

 人間は、神さまに似せて造られたからその生命は尊く、神さまが知性や感情、意志をお持ちで霊的な存在であり、人格的な交わりができる方であるように,私たちも似たものとして造られたと聖書は教えています。

 ところで、戦国時代の豊臣秀吉が千利休に尋ねたそうです。「利休,下々の者はわたしがサルに似ておると申しているそうだが、そなたはどう思う?」たとえ似ていると思っていても、私もそう思いますと応えるわけにいきません。皆さんならどう応えますか? 賢い千利休は「秀吉さまがサルに似ておられるのではございません。サルどもめが、秀吉さまに似ておるのです。」と応えたそうです。

 同じように、私たちが愛し合い、助け合うことができるのは、私たちが神に似せて造られたからであって、神さまも人間のように、このちっぽけな人間のことを心にかけ愛してくださり、交わって下さるだろうかと疑ってはらないのです。

 近年日本はペットブームが続いています。昨年、大谷翔平選手のペットの犬が話題になりました。専門家によると、この犬種はとてもしつけが難しいらしいです。

 ある愛犬家が子犬(チビ)に成り代わって犬の飼い主への願い事をまとめた五つの主張を紹介します。

 その1.私と気長につきあってください。その2.私を信じてください。それだけで私は幸せです。その3.私にも心があることを忘れないでください。その4.言うことをきかないときは理由があります。その5.私にたくさん話しかけてください。人間のことばは話せないけど、解っています。(代表世話役犬、チビより)

 人間のような人格的な交わりではないですが、ペットとも素晴らしい命の交わりができます。どんな命も神さまの創造されたものです。きっと彼らから多くのことを人間は学ぶでしょう。そして幸せをもたらしてくれるでしょう。

 でも私たちの、神さまや人間との交わりは、もっと深い、素晴らしい交わりが可能であり、幸福になれるのです。

 神と人との交わりを見直し、更に深め、今まで以上に幸せになれるように努力する年にしたいものです。そして今年も世界平和のために祈り、私たちにできることをしたいと思います。


「教会だより」の巻頭言 12月号

 

環境芸術の森 唐津市

二つの星

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

 クリスマスの月になりました。クリスマスツリーには大小さまざまな星が飾れますが、とくに新月になると唐津の夜空にも沢山の星が見られます。星を見るたびに、二つの星のことを思い巡らされます。

 4年前の10月に亡くなったカトリック信徒の緒方貞子さんが一つ目の星です。92歳の天寿を全うされるまで人類愛を貫かれた方でした。国連難民高等弁務官として30年近く働かれ、世界の各地で起きた紛争のため難民となった人々を小さな体で精力的に、献身的にお世話しました。治安の悪い難民キャンプでは防弾チョッキを身に着けて支援に当たられ、国連を通して多くの命を救ったのです。現地の人々に「日本のマザー・テレサ」として慕われていたとのことです。

 もう一つの星は、同じ年のクリスマスが近づいた12月に凶弾に倒れた中村 哲 医師です。享年73才。度重なる紛争で荒れ果て、貧困と病に苦しむアフガニスタンの復興のために30年以上尽くされました。医療活動や肥沃な農地を作るための灌漑工事によって60万人以上の命を救った偉大な人でした。幼少のころ北九州市若松区で育ち、九州大学を出て医者になられたプロテスタントのキリスト者でした。

 4年前、私は若松教会と戸畑教会で働いていました。すぐ近くの若松区にある高塔山の展望台へしばしば散歩しました。中村医師が亡くなった日も同じ所を散歩して帰宅後、テレビのニュースで訃報を知りました。驚いたことに、氏の功績を伝えるテレビの映像の中で、亡くなる数年前に休暇で氏が日本に帰国した時、高塔山の展望台を訪れた映像が流れたのです。その時、思いました。このような偉大な方が現代を生きる私たちの国の、しかも若松で育った方だと知って感激しました。そして、映像の中の氏は、どんな思いで、展望台から見える景色を見ていたのだろうと思いました。きっと、子供のころ過ごした地はようやく平和を取り戻し、戦後の日本の産業復興を遂げてゆく姿と育ててくれた家族、町、友人、恩師など思い巡らして懐かしんでいたのではないでしょうか。

 「友のために自分の命を捨てること、これ以上大きな愛はない。」とイエスは言われました。生涯を人々のために尽くされた二人の偉人は、今日も二つの星として世界に、宇宙に輝いています。

 終わりが見えない二つの戦争が今も続いています。そして毎日命が奪われています。多くの人々が傷つき、避難民となって苦しんでいます。一日も早く外交努力によって争いが終わり、平和が訪れますように祈りましょう。

 そして世界の人々が、幼子となられた救い主を拝むことができますように。


[教会だより」の巻頭言 11月号

ヨルガオ

真の謙遜

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏 國彦

 世界の各地で戦争が起きています。キリストの生誕の地でも紛争がまた起きました。互いに憎しみ合い、殺し合っています。戦争は人間の仕業です。根本的に人間はゆるしが必要な存在です。私たちは皆、神のみ前に謙遜にならなければなりません。

 ルカの福音書に罪深い女性がイエスにゆるされた話があります。キリスト者として生きた詩人、八木重吉(1898-1927)はこの話をもとにした詩を書いています。想像をたくましく、しかもこの女性への深い愛情と哀感が込められた作品は、あらためて人間の本性について思わずにおれません。

    マグダラのマリア

   マリアはひざまずいて
   私ほど悪い女はいないとおもった
   キリストと呼ばれる人のまえへきたとき
   死体のように身体(からだ)をなげだした
   すると不思議にも
   まったく新しい喜びがマリアをおののかせた
   マリアはたちまち長い髪をほどき
   尊い香料の瓶の口をくだいて髪をひたし
   キリストの足を、心をこめてぬぐうた
   香料にはマリアの涙があたたかく混じった
   マリアは自分の罪がみな輝いてくるのを
   うっとりと感じていた ( 八木重吉 作)

 自分の弱さと罪を深く自覚した女性が、いとも聖なる方,罪をゆるす権能を持った方の前に無言のうちにひれ伏す女性、マグダラのマリアは、ゆるしを願ったのです。キリストはその光景を見ただけで、その心を見通して、ゆるされたのでした。キリストも無言でしたが、そのお顔と眼差しを見てマリアは自分がゆるされたことを感じ取ったのでしょう。とっておきの高価な香料をキリストの足に塗り、しかも女性にとって一番大切な髪の毛でその足をぬぐったのです。ゆるされたことの喜びと感謝の心で胸が一杯になり、香しさが立ち込める中で、あふれる涙が瓶の中の香料に混じったと作者は描写しています。
 
 最後に「自分の罪がみな輝いてくる」と書いています。聖書にはないこの一行は、この詩を大変意味深いものにしているように思います。キリストは罪のない人はいないと言われました。人間は罪を犯さずにおれない存在であり、その罪を身に帯びて生きている者です。

 問題はその罪とどのように対峙するかです。 無視したり、逃避したりしないで正しく向き合うとき、本当の自分を知るのだと思います。欲望と弱さから犯した過ちや裏切り、羨望のために犯す心の中の罪、それら一つ一つが心の傷となって忘れられないのです。
 
 しかし、その傷と痛みがあるからこそ思い上がることがありません。真の謙遜に生きようになるのです。まさにその意味で「幸いなるかな我が罪」と言わずにおれません。 作者はその思いをマリアに投影させ「自分の罪がみな輝いてくる」と書いたのだと思います。


 

「教会だより」の巻頭言 10月号

 


秋の夜長に

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

秋も深まり、昔親しかった亡き人々が偲ばれることがあるのではないでしょうか。私も栃木県の信徒、伊澤幸一氏のことを思い出します。亡くなる15年前に自分が病気であるという自覚症状が契機となり、内緒でポストカプセル郵便に妻宛の手紙を投函しました。それは死の準備のひとつでした。 

ポストカプセル郵便とは、1985年の科学万博で人気を博した郵政省の企画で、15年後の20世紀の最終年の大晦日まで手紙を保管してから配達しますというものでした。彼は自分の命はあと2年と思っていたのに、なんとその後14年も生きることができたのです。その手紙が配達される約一年前に天国へ召され、葬儀は私が司式しました。

 亡くなって約一年、奥様はまだ悲しみと寂しさの中で喪に服していた2001年の元旦にご主人からの手紙が届いたのです。教会報に奥様が寄稿されました。許可を得て文章を紹介します。

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神に賛美!

  マコ! 達者か?   1985914日の朝、出勤前、俺は、胃部に異物感を感じ、2年後にはお召しが来るのではないか?と予感し乍らこれを書いています。もし、君が無事にこの手紙を受け取った時、傍に俺が居たらそれこそ奇跡だ。その時は大きな声で「神に感謝!」と共に叫ぼう。しかし、その時もし俺が居なかったとしても、その時は俺が神の測り知れないあわれみに由って苦しみをしのぎ、償いを果して御手に受け取られたことを思って神に感謝して下さい。人生の途上何かの誘惑に遇ったら次の祈りを誦えて下さい。

“正しさを守って下さる神よ、私をあわれみ、助けて下さい。あなたの掟の中に、私を 歩ませて下さい”と。

この祈りに由って私は危い処を助けられたのです。他人を嫌わず、皆兄弟姉妹と思って受け容れて下さい。自分の望みではなく、神の御旨を実行して下さい。

 幸いこの手紙を俺も又、肉眼で見ることができた時には、共に神に感謝し、手を携え、余生を神の御旨の中に生きましょう。

 

愛妻 京子へ      幸一より。

1985914日、8.45AM

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 この手紙を受けて奥様は、その時の心境を文章にしてくれました。

「思いがけない手紙に心ときめかせ、読み、そして思いきり泣きました・・・。

 人類発生から受け継がれてきた命。20世紀に出会い、愛し合い、主キリストと共に歩んだ時間は、とても不思議なことに感じています。(以下省略)」と続く文章は、夫婦愛、出会いの神秘、永遠の命への希望、恵み深い神の計らいを感じさせるものでした。

彼はSL好きだったので、銀河鉄道になぞらえて、満天の星の彼方へ先に旅経たれた自分は「只今 別居中!」と書いてあった。

「教会だより」の巻頭言 9月号


 

人権回復の戦い

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

 群馬県の草津に栗生楽泉園というハンセン病の療養所があります。30年以上前、毎月一回、そこでミサを捧げていた時代がありました。ハンセン病回復者、桜井哲夫 氏から頂いた詩集「ぎんよう」から一つの作品を紹介します。この本によると17才の時に、栗生楽泉園に入所しました。家族からも国家からも見放され、名前も変えられ、まるで生きながら死んだ者のような扱いを受けて、隔離されたのです。29才のとき、この病のため失明しました。手足の指を失い、皮膚の感覚も失い、唯一感覚が残された舌で、点字の本を読み、詩を作り、また聖書に親しみ、60才を過ぎてキリスト者になりました。創作した詩を口で言って代筆、代読してくださる方の助けを借りて、沢山の詩を作りました。

次の詩は、若い頃に療養所内で結婚し、授かった子供を堕胎させられ、ホルマリン漬けにして標本にされたことを65才になった時に書いた詩です。


    真理子曼陀羅    桜井哲夫 作

真理子が泣いています

狭い棚の上で

真理子は療養所夫婦の間に生まれたから

六ケ月目に手術を受け

標本室の棚の上に置かれました

二十六歳で真理子の母は死にました

盲目の父がいまも歌う子守唄はかすれて

この子には聞こえない

お腹が空いたと真理子は泣きます

怖いと言って真理子は泣きます

詩集「津軽の子守唄」を手にした保母さんが

子守唄を歌ってくれました

若い看護婦は

おっぱいを沢山呑ませてくれました

真理子は泣き止みました

津軽の子守唄を歌う空には

菩提の華、朝鮮朝顔曼陀羅の華が開きました

赤い林檎を手にした真理子は笑っています

開いた曼陀羅の傍らで

笑った真理子は曼陀羅

空に開いた曼陀羅

真理子曼陀羅 

真理子曼陀羅 

真理子曼陀羅


1996年、隔離政策を目的とする「らい予防法」は廃止されました。そのときある回復者が「カトリックは我々の世話はしてくれたが、らい予防法が廃止されたとき我々と一緒に喜んでくれなかった」と述べたそうです。魂の救霊と言う立場から、司牧的世話をし、慰め、また病の治療に多くのカトリック関係者が当たりました。しかし、患者を気の毒な客体としての視点で関わるのではなく、彼らを最も苦しめていた「らい予防法」による差別、つまり人権の立場で、差別の苦しみから解放されるべき主体として一緒に戦いに関わって欲しかったのです。私を含め、日本のカトリック関係者はこの視点からの関わりが薄かったことへの深い反省がありました。「我々は、らい予防法の犠牲者であっても、ライの犠牲者ではない」という元患者の言葉には、人間の尊厳と人権回復の強い願いが込められています。この戦いは、現在も完全に終わったわけではありません。



「教会だより」の巻頭言 8月号

 


勢力均衡に頼る現実     

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

ロシアによるウクライナ侵攻によって始まった戦争が今も続いています。世界の国々は防衛力強化が図られています。日本も今年は防衛力整備計画を決め、防衛費予算は68千億円余りになりました。第二次世界大戦後、人類は核兵器を持つようになったから、もう世界大戦は起きないだろうと多く国が考えていました。しかし、今日ではそうではないのです。最悪の事態に備えるため、なかでも軍事力を高めて相手との均衡を保とうとしているのです。そうすれば、お互いに脅威となり、戦争が起こりにくくなるからです。これは勢力均衡(Balance of Power)という考え方です。17世紀にヨーロッパで起きた30年戦争の後に締結された講和条約、ヴェストファーレン条約で勢力均衡が盛んに言われるようになりました。

戦争はあってはなりませんが、戦争が無いことだけが本当の平和とは言えません。キリスト者は戦争を無くすだけでなく本当の平和を求めています。真の平和は、互いに愛し合う世界です。勢力均衡では本当の平和は築けません。真の平和のために、相手を理解し紛争問題を対話によって解決するよう願っています。不信を前提にするのではなく信頼を深めるためにお互いを理解することが大事なのです。世界の人々は皆、神の被造物であり、神を唯一の父とする 兄弟姉妹であることを忘れてはなりません。

しかし現実の世界はいつの時代も戦争が起こっています。対話と理解を深める努力をしても、勢力均衡を構築しても、核兵器で武装しても戦争は起こることをウクライナ侵攻は示しています。絶対戦争を起こさないようにすることは人間にはできないのでしょうか。

戦争を繰り返している世界の現実は、人間の愚かさ、弱さ、罪深さであると思います。命の殺し合いを止められない現実、勢力均衡に頼らずにおれない現実、そして将来同じことがこの国でも再度起こり得ることを考えると、私たちは奢らず、謙虚に神に依りすがる心が必要です。この意味で平和への祈りは、命がけの祈りであると思います。先の大戦後、78年間一度も戦争していない日本は戦争に向き合う真剣さ、緊迫感が薄れつつあるのかもしれません。徴兵制のある韓国では、北朝鮮との戦争が休戦状態とはいえ、今も終わっていません。絶えず再戦に備えています。 

私たちは、破滅的な過ちを犯す可能性のある愚かな人間であっても、父なる神に望みをかける信仰を持っています。希望のうちに神と共に真の平和実現のために努力しなければなりません。平和の人となる生き方をしなければなりません。そのために、大きな犠牲が伴うことがあるかもしれません。永遠の命を得るためです。武力に頼る心は、神と人間への不信から出るものです。真の平和の建設は、神の愛、人間の愛し合う力を信じることから始まるのです。

「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。」(マタイ2652


「教会だより」の巻頭言 7月号


時の流れと永遠
 
  聖書は時について述べていますが、時間的意味を越えて宗教性を帯びた表現がしばしば出てきます。例えば「主の訪れの時」、「定めの時が来た」という場合の「時」は歴史的時の流れの範畴では理解できない事柄です。

 創世記に「初めに,神が天と地を創造した」とありますが、この世界の万物は「時」の中で創造されたのではなく,永遠という次元の中で「時」とともに宇宙万物を神が創造され、しかも「時」も「被造物」も、初めと終わりがある存在として造られたと教えているのです。つまり、時の流れも神によって創造され、支配されているのです。

 例えば聖書に「時が満ち,神の国は近づいた」と述べて、福音宣教が開始されたとあります。この「時」も神の救いの業との関連で述べる宗教的な表現です。時の流れを超えた概念で表した「時」です。永遠の次元の中で時を生きる、全く新しい時代の到来を告げるものでした。キリストの到来は「時の流れ」が永遠の次元の中に包含されていることを意味する出来事だったと言えます。

 このことに目覚めた者は「時の流れ」の中で生活をしながら「永遠の次元」を生きるのです。この目覚めに生きた聖パウロは特にイエス・キリストの贖いによって「今は恵みの時、今は救いの日」(Ⅱコリント6:2)であることを強調しています。これは「永遠の今を生きる」と言い換えることができるでしょう。

 「時」の創造者である神ご自身が「時」の流れの中で私たちと共に住むという驚くべき約束をされたのです。聖書が示す「時」を思い巡らしていると、さまざまな考えが私たちの胸のうちを去来します。「時」が、あるときは慰めであったり、あるときは悲しみであったり、喜びであったり、苦しみであったりします。いつかは全て過ぎ去る「時」ですが、「新しい時代」の中に生きる者は、「時」を最大限に生きながら、同時に「永遠の次元」を生きる者として主を仰ぎ見て主と共に生きるのです。

 「永遠」の前では人間の一生は一瞬のごとく、宇宙万物の中では人間はちっぽけな被造物の一つにすぎず、全知全能で聖なる神のみ前では人間は無知蒙昧な罪人にすぎません。また、主と共に生きる者は、聖パウロが述べているように「貧しいようでいて多くの人を富ませ,何も持っていないようですべての物を所有しているのです」(Ⅱコリント6:10)

 主に召され、主と共に生きる私たちは、時の流れの中で、どんな試練や苦しみが襲っても、パウロの言う「今は恵みの時、今は救いの日」という思いを日々深めたいものです。


「教会だより」の巻頭言 6月号

 


命のパン

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏 國彦

 六月の第二主日はキリストの聖体の祭日です。信仰者である私たちにとって、御聖体は命の糧、生きる力、霊的生活の頂点です。この命のパンをめぐってイエスの弟子たちが短時間のうちに心の変化を遂げてゆくエピソードが聖書(ルカ24:13-35)に書かれています。

 二人の弟子がエマオという村に向かって歩いていました。昼下がりの時刻で外は明るかったが、エルサレムでの出来事のことで二人の心は暗かったのです。不安と恐れと失望の気持ちに包まれていました。そのような時に、復活したイエスが近づいてきて、聖書のみことばを説明してくださり、彼らの心は燃えていました。ところがその方がイエスであると気がつきませんでした。彼らの目はさえぎられていたのです。

 夕刻になって「主よ一緒にお泊まりください」と願いました。旅人の家で共に食卓に着き、イエスが賛美を捧げてパンを裂いて与えられた時、二人の弟子は気がつきました。旅の道中ずっと一緒に対話していた方が誰であるか分からなかったのに、このとき初めて復活されたイエス・キリストであることを認識したのです。二人の目は開けました。みことばを説明されていた方は「十字架にかかって死んだイエス」だと認識できて驚いたのです。復活した主に出会ったのです。しかし聖書の記事によると、そのときイエスの姿は見えなくなり、パンだけが見えて残りました。

 共に食したパンは、最後の晩餐のときに制定された御聖体を暗示しています。イエスは私たちに食されるパンとなられたことを示されたのです。外はもう暗くなっていましたが、パンを頂いた二人の心は明るく、喜びに満たされていました。主と一つになったからです。その喜びを一刻も早く伝えたくて、暗がりの夜道をエルサレムの仲間たちの所に、このことを知らせに行ったのです。復活されたイエスと出会い、心が一つになった二人の弟子は、僅か数時間で大きな変化を遂げたのです。絶望から希望へ、悲しみから喜びへ。

 肉眼で見えなくなっても、イエスと心が一つになることによって、目で見ること以上に満足し、嬉しい気持ちになったのです。

夕陽が沈み辺りは明るみから暗闇へと変化しました。しかし、二人の心は逆に明るくなったのです。主の死による失望は希望へ、悲しみは喜びへと変えられたからです。

 御聖体の秘跡を思うとき、神の計らいの不思議を感ぜずにおれません。神であられた「みことば」は人となり、さらに永遠の命の糧である「パン」にまでなって、私たちと一つになろうとされたことはイエスのへりくだりです。そしてそれは愛の業なのです。私たちキリスト者もこの一致の喜びを人々へもたらす者となるように召されたのです。

 分裂もあり、憎しみもある現実の生活に一致をもたらすことは人間の力だけではできません。全ての一致の源は御聖体の中にあるのです。御聖体は、ゆるしと和解、そして一致へと向かうように私たちをあらゆるところへ派遣してくれる力があるのです。


「教会だより」巻頭言 5月号


復活節だからこそ

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

 復活節は聖霊降臨の主日まで続きます。信仰の核心は復活であり、復活の信仰を思うことは主の十字架を思うことです。聖パウロは「わたしの愛する人たち、いつも(神に)・・・従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」と記しています。(フィリピ2:12-13)

 キリストが与えてくれた私たちの信仰は喜びと確信に満ちたものです。聖書には「恐れおののく」という言葉がよく使われています。これは畏れ敬い、大切にするという意味です。キリストによって与えられた救いを、ただ漫然と受け止めるのではなく、感謝の思いで受け止めて、畏れ敬い大切にする事です。

 信仰を得た恵みを当たりまえのように感じて既に自分が救われている事実を感動もしなければ喜ぶ事もなく信仰生活をしているなら、考え直さなければなりません。キリストはこの私を救うために、尊い命を十字架上で投げ出してくださったのだと心の底から思うことができる人は、与えられた救いの重さ、尊さに、畏れおののくでしょう。自分の信仰に喜びや感動がないのは、十字架のキリストを見上げる事をしないからではないでしょうか。

「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(Ⅰコリント1:18)真摯に十字架を見つめることによって、私たちは自分の信仰生活のあるべき姿を取り戻し、喜びと畏れと感動の生活へと次第に変えられてゆくのだと思います。

 復活節の時だからこそ、主の十字架を思い巡らす時なのです。「自分の救いを達成するように努めなさい」というパウロの言葉は、信仰を自分の努力で作り上げなさいという事ではありません。そもそもパウロは、既に救われたキリスト者にこの手紙を書いているのです。十字架の救いを受けて、キリストに属する者となった人がキリスト者ですから、自分の努力で救いを作り出したのではありません。救いの全てが、神さまの側でなされて、それが与えられたものです。自分の救いを達成することとは御言葉に従順であるという事です。主イエスは、その事を色々な譬えで教えておられます。その一つに、種まきの譬えがあります。私たちが信仰をもって大切にし、御言葉に聞き従う、御言葉の求める事を実行する、そうするなら必ず良い結果を得るでしょう。

 神は大いなる力を注いで私たちを愛し「あなたは私の子である。私はあなたの神である」と語られています。そして神は偉大な力で私たちに、神に願う心、神の御心に従う心を起こし、それを行う力も与えて下さるのです。神は、私たちを闇と死の中から完全に復活させてくださるのです。

 

「教会だより」巻頭言 4月号


 太陽光の暖かさ

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

春のひざしに照らされて、自然界は新しい命が息づき、美しさと生き生きとした喜びに溢れているというのに、先月、鳥栖市で人の心を震撼させる尊属殺人事件が起きました。しかし、このような悲しい事件はどこでも起こりえます。愛し合うことの難しさのあまり、現代社会にあっては「愛」という言葉もいろいろと使い古されて、軽々しい意味しか持たなくなったような気がします。

 ある家庭での話ですが、娘が言ったそうです「愛はいらない。親切がほしい。」と。本当はどんな人でも「愛」が欲しいのに、うわべだけの愛に傷つくことがあまりにも多いのでしょう。このように言いたくなる気持ちがわかります。

 愛犬、「愛」の世話に余念がない奥様の話しですが、買い物へ行った先から電話で「寒いから愛ちゃんのために、ストーブをつけておいてね」と頼みごと。電話に出たご主人が「俺だって寒いんだよ」とガチャンと切ってしまったとか。なんだかどこにでもありそうな家庭での対話。体だけでなく、心も寒さを感じさせる笑い話です。

そんな時、ぽかぽかと暖めてくれる太陽の光のようなぬくもりが恋しくなります。近年、太陽光を利用した科学技術が発達し、私たちは太陽に多大な恩恵を受けています。

「父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせて下さる」(Mt 5:45)とキリストは言いました。

 太陽は何者をも差別をしません。強制もしません。いやなら光を遮る窓を閉めればよいのです。太陽は代償を求めません。感謝されようとされまいと与え続けます。それでいて決して尽きることがありません。少なくなったから減らしましょうということもありません。いつも惜しみなく豊かに光を注いでくれます。太陽光は活用によってはさらに大きな実りをもたらす無限の可能性を秘めています。

 このように思い巡らすと太陽の光は、父なる神の温かい心のようであり、また、この世を照らす光としてこられたキリストのいつくしみ深い愛を思い起こさせてくれます。いつの日も変わることなく豊かに注がれる主の恵みを思わずにおれません。そしてこの恵みによって人間の心は温められ、不信と利己心という分厚いコートで身を固めていた人間を回心させ、ついにそのコートを脱がせ、神と人とを信じる者にすることもできるのです。 

 復活を信じられないと頑なになっていたトマスにイエスが「信じない者でなく、信じる者になりなさい。」と言われて、信じる恵みを与えてくださったように、私たちも、復活を信じる者、復活の信仰を生きる者に変えていただきましょう。


「教会だより」の巻頭言 3月号

カトリック唐津教会の玄関正面のステンドグラス


思いやり

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

 高齢化社会に住む私たちの身の回りでは、老人が老人を介護する老老介護や親が病気のために青少年が介護するヤングケアラーなど厳しい現実があります。さらに認認介護の例も増えているとのことです。家族だけでなく、地域の人々をも含めた思いやり、お互いに助け合う心がますます必要とされています。一方では、90歳近くなってもかくしゃくとして生きておられる方々も増えています。

 老いは恵みであると思います。人間味ある高齢者との交わりは、家族の深い絆を育みます。そして、このような心温まる交わりは若い世代の人々を思いやりのある人間に育てます。また、隣近所の情けを受けるとき、それがどんなに小さな親切であろうと感謝せずにおれません。苦しみを共有して生きることは、真の友を得ることでもあります。これらは全て恵みです。私たち一人一人が自分の老いとどのように向き合うのか、また高齢者たちとどのように関わるのか何時の時代も問われているのです。

 数年前に福井県若狭町が行なった「認知症一行詩全国コンクール」で優秀賞に選ばれた作品で「父の好物並べ 嬉しそうに帰り待つ母 写真の中で父さんも笑ってるね」(埼玉県・小柳恭子)は、人の心を温めてくれます。核家族化が進むなか、世代間のコミュニケーションが乏しくなっています。だんだん世代を隔てての共通の話題が乏しくなることも原因でしょう。しかし、これらの一行詩に読み取れるように、思いやりの心があればすばらしい交わりが出来ている家族もあるのです。

 若者はお年寄りから人生の知恵を学びます。十分に話せなくなっても言葉や行為を超えて、そばにいてくれるだけで大きな影響を与えてくれるのです。お年寄りが失敗しても間違っても、笑いのうちに人々の心を和ませてくれます。このように家族にとっても地域社会にとっても、お年寄りはすばらしい存在なのです。

 イザヤ書に主の慰めのことばがあります。「あなたたちは生まれた時から負われ、胎を出た時から担われてきた。 同じように、わたしはあなたたちの老いる日まで、白髪になるまで、背負って行こう。わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」(イザヤ46:3-4)このみ言葉で思い出すのは「砂の上の足跡」という詩です。

「神よ、私があなたに従って生きると決めたとき、あなたはずっと私とともに歩いてくださるとおっしゃられた。しかし、私の人生のもっとも困難なときには、いつもひとりの足跡しか残っていないではありませんか。私が一番にあなたを必要としたときに、なぜあなたは私を見捨てられたのですか」

 主イエスは答えられた。「わが子よ。 私の大切な子供よ。 私はあなたを愛している。 私はあなたを見捨てはしない。あなたの試練と苦しみのときに、ひとりの足跡しか残されていないのは、その時はわたしがあなたを背負って歩いていたのだ。」


(注)このブログのコメントを誰でも記入できるように設定しました。


「教会だより」の巻頭言 2月号


 

生かされている命      

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

 今年は222日か灰の水曜日です。その日から四旬節の季節が始まり、40日間かけてキリストの死と復活の秘儀に与る準備をします。どんな人にとっても生と死は隣り合わせ、死と向き合うことは、生と向き合うことになるのです。だから忌み嫌うことなく、自分の死と真摯に向き合うことは大切です。

20年以上前ですが、一緒に宣教活動をしたフランシスコ会士の高橋 明神父は、クリスマスの早朝、60才の若さで急に天国へ召されました。彼は無類の車好きでした。愛用していた車には、大きく「555」とボディーペイントしてあり、とても目立ちました。そのことが信徒の間で何かと話題になりました。通夜のお清めの席で、ある信徒が次のような俳句を披露して、大受けでした。

「ごうごうごう サンタとともに 神の国」

 英語の“Go, go, go ! にかけて、行け行けと、サンタクロースの橇に乗って、天国へ行ってしまったと詠んだのです。彼は週3回の透析を28年間続け、手術も何度も受け、死をさまよったこともありました。重い十字架を背負っての一生でした。頂いた才能、働くために与えられた短い時間、この世での喜びと苦しみ、そして命を捧げ尽くしました。弱り行く自分の体の健康管理をしながら、毎日死と対峙して、苦しみを神さまにお捧げし、頂いた善きものも次第に神さまへお返ししてゆく生涯でした。

 このようにすべてを神に委ねる生き方に人間の尊厳を感じます。私たちは確かなものを自分のうちに何も持たない自分の姿が見えてきた時に、自分が生きているのではなく、生かされているのだということを知らされます。そのとき初めて、自分の持っているものに頼っている自分の愚かさが見えてくるのだと思います。

「わたしは裸で母の胎を出た。裸でかしこに帰ろう。主が与え、主が奪われたのだ。主のみ名はほめたたえられよ」という旧約聖書のヨブ記の言葉が思い出されます。

それにしても、持っているものを一つ一つ手放してゆかなければならないことは、なんとつらいことでしょう。

「人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。」(ガラテヤ6:7-8

 人は生きてきたようにしか、死ぬことはできないのです。