カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦
主の御復活おめでとうございます。
今年、カトリック教会は聖年を迎えています。あらためて信仰の核心である復活の主を思い巡らしたいものです。「わたしの愛する人たち、いつも(神に)従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。」(フィリピ2:12-13)と聖パウロは述べています。「恐れおののきつつ」と表現していますが、信仰を得た恵みを当たりまえのように感じてしまうほど慣れて、この恵みによって既に自分が救われている事実を、もし感動もしなければ、喜ぶ事もなく信仰生活をしているなら、考え直さなければなりません。
キリストは、救うために、尊い命を十字架上で投げ出してくださったのです。この私の為に、苦しみながら死んで行かれたのだ、と心の底から思うことができる人は、与えられた救いの重さ、尊さに、感謝するでしょう。もし自分の信仰に喜びや感動がないのならば、キリストの十字架に現れた神の偉大さに思いが至らないからです。「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。」(Ⅰコリント1:18)真摯に十字架を見つめることによって、自分の復活信仰が強められ、信仰生活のあるべき姿を取り戻し、喜びと感動の生活へと変えられてゆくのです。
私たちは弱くて、頼りない人間ですが、神が共に居て、変えてくださいます。だから復活を信じる恵みを頂いた私たちは、神の偉大な力を内在する者なのです。神の助けを得て、自分の救いを達成しなければなりません。そのために絶えず与え続けておられる神の力に信頼しましょう。
買い物客が多くて、レジの前には行列ができていた。頬髭をはやした労働者のゼレンスキーという人が、自分の番になり財布からカードを取り出すのに手間取っていると、次の番を待っていたトランプという大金持ちの大男が「お前にはカードが無いだろう、だから現金で早く支払え。」と怒鳴った。すると列の後ろにいた正義感あふれる若者が言った。「失礼な事を言うな。金と権力を盾に人を見下すな。」