「教会だより」の巻頭言 1月号

 


躍の年になれ

主任司祭 江夏國彦

 新年 明けましておめでとうございます。

今年は午年ですから、馬が持つ活発さ力強さにちなんで飛躍の年にしたいものです。

 日本の社会福祉に貢献した牧師、山室軍平の著書『民衆の聖書』に引用された昔話「1匹のキツネがいた。垣根の向こう側にぶどう畑があって、キツネはそれを食べたいのだが、垣根の小さい穴を通り抜けることができなかった。そこでキツネは三日間断食をして腹を細くして垣根を通り抜けた。キツネは畑のぶどうを腹一杯食べて帰ろうとしたところ、また腹がふくれて今度は外に出られなくなってしまった。それでまた三日間断食をして腹を細くしてようやく出てきた。

 

著者は「裸でこの世に入ってきて、また裸でこの世を出ていく人間の運命も、大いにこのキツネと似たところがあるではないか。だから私どもは目前の利欲に迷って、人間の大道を踏み迷うようなことがあってはならない」と言っている。

「欲深き人の心と降る雪は、つもるにつれて道を忘るる」 

マザー・テレサは「信仰を失うより、命を失うことをわたしは選びたい」と述懐している。神の愛と永遠の命を信じるからである。キリストは、私たちの罪深さより、さらに深い愛をもって導いておられる。今も聖霊を通して、その愛は変わらない。

 

愛された者として生き生きとした信仰者に成るにはまず、キリストが示してくれた深い愛を知ることだと思う。キリストが捕らえられたとき、見捨てて逃げてしまった使徒たちは、後でキリストの愛の偉大さを知って強い信仰に変えられた。その後は、その愛に応えたい一心で、殉教すら恐れなかった。日本でもそのような人々が、過去にもいたし、現在もいる。

 

だから新しい年が「今年こそは、偉大な信仰者たちに倣って、キリストをより深く知り、交わる者に飛躍できますように」と祈りたい。そして「イエス・キリストというお方をもっと知りたい」と世の人々に思わせる者になれたら幸いだ。

 

キリストの愛に駆られて懸命に生きることは、神不在、宗教嫌い、人間不信と言われる現代社会において、最も求められている福音宣教の要素ではないかと思っている。

 

不条理と困難に満ちたこの世にあって、どんなことにも感謝と喜びをもって生きる信仰者の姿を見れば、世の人々は不思議に思うだろう。

 

このような生き方ができる人の姿を聖パウロは「悲しんでいるようであるが、常に喜んでおり、貧しいようであるが、多くの人を富ませ、何も持たないようであるが、全ての物を持っている。」(Ⅱコリント 6:10)と述べている。