「教会だより」の巻頭言 8月号



夏の思い出

カトリック唐津教会 主任司祭 江夏國彦

 司祭になる前の段階、助祭の時、夏休みに、体験学習のためフィリピンへ派遣されたことがありました。40年以上前のことですが、私にとっては、思いもかけない初めての海外旅行でした。そのときの一つの忘れられない思い出があります。

 文化がちがうと食べるものもこんなにちがうのかと驚きました。向こうの人が、バルゥートというアヒルのゆで卵をおいしそうに食べているのをしばしば見かけました。フィリピンで働いている日本人の宣教修道女たちも普通に食べていました。私にも何度も勧められましたが食べられず、いつも断ってばかりいました。というのはこの卵は、授精して、もうすぐ雛になる寸前のものを茹でたものだったからです。フィリピンでは、お祝いの時などでよく出る料理なのです。

 ところが、マニラからレガスピという所にバスで旅行中、同乗者のあるフィリピン女性が、このバルゥートを差し出して、食べるようにしきりに勧めるのです。例によって断ろうとしたら、「私たちが好物としているこのバルゥートを食べないなら、あなたはフィリピン人を軽蔑したことになります。」と言われるやら、「あなたはそんなに臆病者ですか。」と言われる始末。そこまで言われたのでは断る訳にもいかず、弱音をはいては、日本男児の名がすたるというわけで、とにかくまず受け取りました。

 すると今度は食べ方を教えてくれました。躊躇していると、岩塩を少し振りかけて食べるのだと言って促され、私は意を決して、しゃにむに食べました。するとこの女性、「よく食べられましたね。感心しました。」と、にっこり笑ってほめてくれました。でも最後の言葉が気にくいません。「食べるとき、貴方は目をつむっていましたよ。」これには少々しゃくにさわりましたが、なんだかその時から急にフィリピン人に親しくなれたような気がしました。

 その後、司祭になってから、多くのフィリピン人と親しくなりました。特に群馬県で司牧に当たっていたときは、日本人と結婚したフィリピン人も多く、文化的な違い、国民性の違いのために問題を抱えている信徒が少なからずいました。彼らのためにフィリピンでの体験学習は、とても役立ちました。

 バルゥートのほろ苦い体験が、人々ともっと親しくなれたという喜びに変わったように、文化の違いを乗り越える体験は、人々との交わりと理解をより深める事を教えられました。

 滞日、あるいは在日外国人が多くなった日本の社会にあって、これからは、ますますお互いの違いを乗り越えてゆかなければなりません。そのために幾多の困難が待ち受けているでしょう。

 しかし、違う文化に育った者同士が、共に生きることは、お互いに学ぶことが多く、またより豊かな文化を築くことだと思います。一つになるとき、喜びも文化的豊かさもいただくのです。